2026-01

禅の実践と思索

十牛図 第一「尋牛」

十牛図の第一段階は「尋牛(じんぎゅう)」と呼ばれます。これは文字通り、牛(本当の自分=自我のない)を探しに行く場面です。ここでいう牛とは、お金や肩書き、他人の評価に振り回されていない本来の自分の象徴です。
武士道と禅

第1回|「武士道とは死ぬことと見つけたり」は、何を教え、何を見誤らせたのか

葉隠を、思想と実感の両面から読む「武士道とは死ぬことと見つけたり」この言葉は、『葉隠』を象徴する一節として、広く知られています。あまりにも強い言葉であるため、覚悟の象徴として称賛されることもあれば、命を軽んじる危険な思想として批判されること...
現代への示唆

いい加減目覚めよう

雑念に支配される現代人「人は一日に何万回もの思考を巡らせている」そう聞いて、あなたはどう感じるでしょうか。多すぎると思いますか。それとも、思い当たる節がありますか。朝、目が覚めた瞬間から、頭の中には昨日の後悔や、まだ起きてもいない未来の心配...
禅の実践と思索

三日目の夜、世界が変わった。

23歳での体験では分からなかった坐禅の本質。本格的な坐禅修行に飛び込み、三日目の夜に起きた心の変化と悟りの入口を、実体験として綴ります。
武士道と禅

人間学について

人間学は読書で磨けるのか?結論:知識は増えるが、人は変わらないことが多い人間学を本から学ぶ背景には、人としての在り方や生き方を真剣に考えたいという、そのような健全な欲求が、多くの方の中にあるのだと思います。私自身もかつては、立派な人物の体験...
武士道と禅

修身教育は人を育てたのか、それとも人を縛ったのか

「次郎物語」を読み進めるうち、私はある違和感を拭えずにいました。それは、作品そのものへの違和感ではありません。作品の背景にある「教育のあり方」、とりわけ修身教育と呼ばれたものが、結果的に日本人の精神をどこへ導いたのか
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