十牛図 第五「牧牛」

武士道と禅

──心に振り回されず、共に歩けるようになる

第四の「得牛」で、
人は逃げ回る心と正面から向き合い、
今ここに踏みとどまる感覚をつかみ始めました。

しかし、
牛を捕まえたからといって、
すぐに安心できるわけではありません。

油断すれば、
心はまた暴れ出します。

そこで示されるのが、
第五の段階「牧牛(ぼくぎゅう)」です。


牧牛とは何をする段階なのか

牧牛とは、
牛を力で押さえつけることではありません。

逃げる心と毎回格闘する段階を越え、
心と共に歩ける関係を育てていく段階です。

悟りを体験したあとにも、
怒り、不安、欲は起こります。

それを「失敗」とは見ません。
悟った後の修行が、ここから始まるのです。


感覚に振り回されなくなる

この段階に入ると、
大きな変化が現れます。

  • 見たもの
  • 聞いた音
  • 起きた感情

それらに、
すぐ反応して引きずられなくなります。

刺激はそのまま受け取る。
しかし、
判断や物語を付け足さない。

見るものは、ただ見られ、
聞くものは、ただ聞ける。

そのため、
心は自然に楽になります。


楽になるが、油断はできない

ただし、
ここで注意が必要です。

心が静まると、
「もう大丈夫だ」と思いやすい。

しかし、
心の癖そのものが
完全に消えたわけではありません。

先人が言うように、
外からの誘惑よりも、
内側の揺れの方が扱いにくい

牧牛とは、
この内側の揺れと
正面から向き合い続ける段階でもあります。


念は、追わなければ消える

牧牛で最も重要な気づきは、
念は、それ自体では力を持たない
という事実です。

考えや欲が浮かんでも、
それを追いかけなければ、
次の瞬間には消えていきます。

  • 認めない
  • 否定しない
  • ついていかない

ただ、
起きて、消える様子を見る。

この一点が身につくと、
煩悩は煩悩として育たなくなります。


行動が軽くなる理由

この段階に至ると、
行動が驚くほど軽くなります。

やめたい習慣
断ちたい癖

それらと
力くらべをしなくてよくなるからです。

衝動が行為になる
ほんの手前で、
心の動きに気づける。

気づいた瞬間、
その衝動は役目を終えます。

無理も、我慢も、
ほとんど必要ありません。


牛と人が、少し近づく

牧牛では、
牛と人はまだ別です。

しかし、
以前のように
引きずられ、振り回される関係ではありません。

同じ方向を向いて、
一緒に歩ける時間が増えていきます。

鎌倉武士が求めたのは、
この状態でした。

静かでありながら、
現実に即応できる心。

卒啄塾が武士道禅3日間研修で目指す心境が牧牛です。
現代では
上手くいって数年から数十年かかると言われています。


次の段階へ

牛と共に歩けるようになると、
やがて
力を使わずとも進める瞬間が現れます。

それが、
第六の段階「騎牛帰家(きぎゅうきか)」です。

修行は、
少しずつ
自然さを帯びていきます。

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