青春は、若さの特権ではない

サミュエル・ウルマン「青春の詩」より

年を重ねるだけで人は老いない。
理想を失うとき、はじめて老いる。
三十二歳のとき、
サミュエル・ウルマンの「青春の詩」に出会いました。

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう。

優れた創造力、逞しき意思、炎のような情熱、
安易を捨て、困難を選ぶ勇気、
それらが青春なのだ。

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう。

この一行が、
その後の私の生き方を、静かに、しかし決定的に変えました。


今の若い世代へ

今の若い人たちは、真面目です。
情報も多く、選択肢も多い。
だからこそ――迷い続けています。

「失敗したくない」
「間違えたくない」
「正解を選びたい」

その気持ちは、よく分かります。

けれど、ウルマンが言う青春は、
正解を選ぶ力ではありません。

・安易を捨てる勇気
・困難を選ぶ覚悟
・自分で決めた道を引き受ける意志

それが青春だ、と詩は語っています。

若さがあるうちに、
完璧である必要はありません。
賢く立ち回る必要もありません。

一つでいい。
「これは自分で決めた」と言える選択をしてほしい。

たとえ回り道でも、
失敗に見えても、
自分で選んだ道には、必ず力が残ります。

青春は、
無鉄砲さではなく、
自分の人生を自分のものとして引き受ける姿勢なのです。


50代以降の世代へ

五十代を過ぎると、
人は無意識にこう考え始めます。

「もう大体やった」
「今さら変わらなくてもいい」
「年相応に生きればいい」

しかしウルマンは、
年齢によって人は老いない、と言いました。

理想を失うとき、人は老いる。

これは厳しい言葉です。
同時に、とても優しい言葉でもあります。

なぜなら――
理想を思い出した瞬間から、人は若返るからです。

私は、
三十二歳で決めた生き方を、
五十を過ぎても、六十を過ぎても、
今も手放さずに生きています。

衰えたものもあります。
できなくなったこともあります。

けれど、
「どう生きたいか」を手放していない限り、
人は決して終わりません。

青春とは、
若さではなく、
もう一度、自分に問いを向ける勇気なのだと思います。


まとめ

青春は、
若い人のための言葉ではありません。
年配者の慰めの言葉でもありません。

それは――
本気で生きようとする人すべてに開かれた言葉です。

・惰性で生きない
・理想から目を逸らさない
・自分の人生に責任を持つ

それができる限り、
人は何歳でも、青春の只中にいます。

私は三十二歳のとき、
そう生きると決めました。

そして今も、
その決断を更新し続けています。


ブログ用・締めの一文(武士道禅への自然な導線)

鎌倉武士が命を懸けて向き合った禅もまた、
「心の若さ」を問い続ける営みでした。
年齢ではなく、覚悟によって生きる。
その姿勢を、私は武士道禅と呼んでいます。

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