武士道禅とは
多くの人は、人間に本来備わっている力を知らないまま、一生を終えてしまいます。
私たちは毎日、
仕事。
人間関係。
不安。
怒り。
過去への後悔。
未来への心配。
そんな雑念に振り回されながら生きています。
その心の揺れの正体は、ほとんどが「自我」です。
認められたい。
損をしたくない。
嫌われたくない。
失敗したくない。
過去に執着する心。
未来を恐れる心。
この自我がある限り、私たちは目の前の現実を、あるがままに見ることはできません。
鎌倉武士が命を懸けて求めた禅
私は、鎌倉武士が本気で取り組んだ、悟り・無我を目的とした禅を、現代の禅と区別するために、武士道禅(サムライゼン)と呼んでいます。
これは昔からある宗派名とかではありません。
私が名づけた造語です。
鎌倉時代、中国宋朝から伝わった禅は、現在一般に知られている坐禅や瞑想とは少し違っていました。
当時の禅は、見性や悟りを前提とした実践でした。
北条時頼や北条時宗をはじめとする北条家は深く禅に帰依し、建長寺や円覚寺を建立しました。
もちろん、鎌倉武士すべてが悟りを求めていたと断定することはできません。
しかし、少なくとも北条家を中心とする武家指導層の中には、単なる教養や儀礼としてではなく、自らの生き方を支えるものとして禅に真剣に取り組んでいた人々がいたことは確かです。
私は、そのような鎌倉武士が取り組んだ禅は、釈迦以来伝えられてきた、本来の悟り・無我を目的とする禅であったと考えています。
武士道禅の目的
武士道禅は、武士になるためのものではありません。
戦うためのものでもありません。
宗教的な形式を覚えるためのものでもありません。
目的は、悟りです。
無我です。
自我を落とし、本来の自分に立ち返ることです。
私は三十代の頃、禅の修行の中で、三日目の夜に自我が一瞬落ちる体験をしました。
その時の歓喜は、人生で味わったどんな喜びとも違いました。
家を手に入れた喜びでもありません。
高級外車を手に入れた喜びでもありません。
成功した喜びでもありません。
ただ、世界との隔てが消えました。
手の動きが鮮明に見えました。
歩くことが、歩くこととして分かりました。
人の声が、そのまま心に届きました。
その時、私は初めて、
無我とは人間本来の姿なのではないか。
そう感じることができたのです。
武士道禅が目指すもの
武士道禅が目指すのは、単なるリラックスではありません。
ストレス解消でもありません。
気分転換でもありません。
目指すのは、
自我を落とし、
心と身体が一つになった、
本来の自分に還ることです。
雑念が減ると、
物事が鮮明に見えてきます。
人の言葉に必要以上に傷つかなくなります。
怒りや不安に振り回されなくなります。
目の前のことに深く集中できるようになります。
人と比較しなくなります。
人生を人のせいにしなくなります。
環境のせいにしなくなります。
そして、
人生そのものを、
自分の足で引き受けて生きられるようになります。
一般的な瞑想やヨガとの違い
一般的な瞑想やヨガは、
心身を整えたり、
ストレスを軽減したりする上では役立ちます。
しかし武士道禅が目指すものは、そこではありません。
武士道禅の目的は、日常を無我で過ごせるようになることです。
雑念との戦いから逃げません。
人間の自我は、それほど甘いものではないからです。
次から次へと湧いてくる雑念。
欲。
怒り。
見栄。
執着。
恐れ。
それらを見抜き、
切り、
今この瞬間へ戻る。
また雑念が出れば、
また戻る。
その繰り返しです。
私はこれを、
心の格闘技
だと思っています。
静の禅と動の禅
禅は、坐っている時だけのものではありません。
歩く。
食べる。
見る。
聞く。
話す。
黙る。
手を動かす。
日常の一つひとつの動作。
そのすべてが禅になります。
坐禅は静の禅です。
歩行禅。
食事禅。
日常動作。
これらは動の禅です。
静だけでは足りません。
動だけでも足りません。
坐っている時は穏やかでも、
人と接した瞬間に怒る。
仕事になると焦る。
日常へ戻ると乱れる。
それでは本物とは言えません。
武士道禅では、
坐禅だけでなく、
歩く時も禅。
食べる時も禅。
人と向き合う時も禅。
日常のすべてを修行へ変えていきます。
三日間研修で目指すもの
卒啄塾の三日間研修では、
単なる坐禅体験は行いません。
雑念と向き合う。
自我の働きを見る。
静の禅と動の禅を実践する。
食事、歩行、動作、日常のすべてを修行へ変える。
そして、
無我の入口に触れることを目指します。
三日間は終わりではありません。
入口です。
本来の自分を思い出すための入口です。
そこから日常へ戻り、
人生そのものを修行に変えていく。
私は、それが鎌倉武士が本気で求めた禅の姿だったのではないかと思っています。
現代の日本に刀の戦はありません。
しかし、
不安との戦い。
怒りとの戦い。
迷いとの戦い。
世間体との戦い。
そして、
自分自身との戦いがあります。
だからこそ今、
本物の禅が必要なのではないでしょうか。
本気で自我を落とし、本来の自分に還りたい方は、まずは一日体験セミナー、または武士道禅三日間研修をご覧ください。
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