自己紹介


船戸 正義
武士道禅創始者/卒啄塾代表
Founder of Samurai Zen
全国教育者の有志の会「もののふの会」顧問
武士道研鑽會 南関東世話役
1953年生まれ。
三十年以上にわたり坐禅と向き合い、鎌倉武士が命を懸けて求めた「無我」――自我を落とし、本来の自分に戻る禅の道を、現代の人にも実践できる形に整え、「武士道禅(Samurai Zen)」として伝えています。


禅との出会い

私は1953年、横浜市に生まれました。

禅との最初の出会いは、24歳の頃でした。

東京の臨済宗寺院で初めて坐禅を組んだのですが、待っていたのは静寂でも安らぎでもありませんでした。

痺れる足。

止まることのない雑念。

時計ばかり気になり、四十分が過ぎるのをひたすら耐えていたのです。

終わった後に残ったのは、

「禅とは苦行なのか。」

「これを続けて、本当に何か変わるのか。」

という疑問だけでした。

その時の私は、まさか十数年後に本格的な禅修行へ飛び込み、自我が落ちる体験をすることになるとは夢にも思っていませんでした。私は1953年、横浜市に生まれました。

禅との最初の出会いは、24歳頃のことです。
東京の臨済宗寺院で、初めて坐禅を組みました。

しかし当時の私は、禅とは何か、悟りとは本当に存在するものなのかも分かっていませんでした。


社会人としての歩み

大学卒業後、私は日立系のソフトウェア会社に勤務し、その後独立しました。

29歳でソフトウェア開発会社を設立し、経営者として事業に向き合い、家庭を持ち、社会の中で必死に生きてきました。

けれども、どれだけ仕事に打ち込んでも、心の奥には消えない問いがありました。

人はなぜ迷うのか。
なぜ不安や怒りに振り回されるのか。
自分とは何か。
本当に揺るがない心はあるのか。

社会で生きれば生きるほど、その問いは薄れるどころか、むしろ深くなっていきました。

成功や評価だけでは、人の心は本当には救われない。

そのことを、私は自分の人生の中で感じるようになっていきました。


本格的な禅修行へ

1993年、私は改めて本格的に禅と向き合う決意をしました。

臨済宗・曹洞宗の禅道場へ通い、七日間の泊まり込み参禅にも身を投じました。

そこで知った禅は、単に心を落ち着かせる方法ではありませんでした。

坐っていると、足の痛みよりも先に、自分の中から次々と雑念が湧いてくる。

不安、怒り、後悔、見栄、執着、恐れ。

普段は気づかずに生きていた自我が、坐禅の中ではっきりと見えてくるのです。

禅とは、静かな趣味ではありません。

自分の迷い、自我、弱さと真正面から向き合い、それを落としていく実践でした。


自我が落ちた体験

※30代の頃、禅の修行を通じて「悟りの入口」に立った時期の私をもとにしたイラストです。

修行三日目の夜、自我が一瞬落ちる体験をしました。

それは、何かを手に入れた喜びではありません。
誰かに認められた喜びでもありません。
勝った、成功した、得をしたという喜びでもありません。

目の前の世界との隔てが消え、すべてのものと同化した世界がそのまま現れている。

自分の手の動きも、足の運びも、人の声も、驚くほど鮮明に感じられました。

その心境は約二週間続きました。

私はその時、初めて、

「禅とはこういうことだったのか」

と腹の底から分かったのです。


武士道禅を始めた理由

その後、多くの禅の指導や禅書に触れる中で、一つの疑問を持つようになりました。

鎌倉時代の武士たちが命懸けで求めた禅は、本来、悟りを目的とした実践の禅であったはずです。

ところが現代では、坐禅の作法や宗教的慣習が重視される一方で、

「どうすれば無我の境地に至るのか」

という最も大切な部分が、ほとんど語られなくなっているように感じました。

そこで私は、鎌倉武士が実践した禅の精神を、現代人にも取り組みやすい形に整理しました。

2005年頃から、独自の指導法として伝え始めたもの。
それが「武士道禅」です。

海外の方にも伝わりやすいよう、

「Samurai Zen(サムライゼン)」

という呼称も用いています。

武士道禅は、宗教活動ではありません。

自我によって生じる隔てを取り払い、人間が本来持っている力と静けさを取り戻すための実践法です。


現代心理学・マインドフルネスとの関わり

私は禅だけでなく、現代心理学やマインドフルネスについても学んできました。
早稲田大学名誉教授であり心理学者でもあった故・春木豊先生からご指導をいただき、マインドフルネスについて理解を深める機会にも恵まれました。
マインドフルネスは、ストレス軽減や心の安定に大きな価値があるものだと思っています。
ただし、私が武士道禅で目指しているのは、その先にある、自我の隔てが消えた無我の境地です。


武士道精神との関わり

禅だけでなく、日本人が古くから大切にしてきた武士道精神についても学び続けています。

現在は、40年来の同志であり顧問弁護士でもある嘉村孝先生と交流を重ねながら、日本の歴史や武士道精神について探究しています。

私にとって武士道とは、単なる道徳論ではありません。

いざという時に逃げないこと。
卑怯なことをしないこと。
自分の人生に恥じないこと。

その生き方を支える根底に、禅の実践があると考えています。


現在の活動

2004年には、卒啄塾を開設しました。

以来二十年以上にわたり、教育者、経営者、士業、公務員、学生など、さまざまな立場の方へ禅をお伝えしてきました。

現在は横浜を拠点として、

武士道禅1日体験セミナー
武士道禅3日間研修

を開催しています。

武士道禅3日間研修では、単なる知識やリラクゼーションではなく、実際に自我を落とし、無我の境地に近づくための実践指導を行っています。

また、全国の教育者有志の会「もののふの会」顧問として
2025年、2026年には「もののふの会」において武士道禅実践講座を担当し、教育者を対象に禅の実践指導を行います。


なぜ今も伝え続けるのか

人生の最後に、

もっと成功しておけばよかった。
もっとお金を稼げばよかった。

そう思う人は少ないでしょう。

しかし、

「本来の自分自身を知らないまま人生を終えてしまった」

そう悔いる人は少なくないのではないでしょうか。

私が三十年以上前に体験したあの感動は、今でも人生最大の歓びです。

だからこそ、私はこの道を伝えずにはいられないのです。

鎌倉武士が命懸けで求めた禅を、現代に甦らせたい。

そして、一人でも多くの方に、人間が本来持っている可能性を知っていただきたい。

その思いで、今日まで武士道禅を伝え続けています。

武士道禅に関心をお持ちの方は、まずは「武士道禅1日体験セミナー」からご参加ください。


武士道禅の背景と思考を、ブログで公開しています。鎌倉武士が命を懸けて求めた「無我」とは何だったのか。
なぜ現代の禅や瞑想では足りないのか。

👉鎌倉武士と禅のブログを読む


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