静寂の中に、武士の心が蘇る
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| 2025年9月 2日 ・【実践講座】 令和7年8月17日(日)14時~16時30分 禅と剣の融合 横浜市中区本牧 真言宗 東福院内の道場にて開催されました。 2025年5月 5日 小学校教師で塾生2名が、それぞれ本を出版しました👏 Amazonより購入できますので宜しくお願いします。 第一回万代宝書房大賞にて、大賞と準大賞を受賞した本になります! ☆「先生、教えて! 勉強ぎらいなボクが親も学校もきらいなワタシが 思う50のギモン」(片川儀治著) ☆『吉田松陰流教育〜一人一人の魂が輝く教育変革への道標〜』(小出潤著) 2025年3月 現状の日本を憂い「二刀流の侍と武士道」に寄稿した「武士道禅で日本を世界に誇れる国に」を掲載しました。 | |
卒啄塾が目指しているもの
卒啄塾が目指しているのは、知識や技術だけに頼らない、
「人間力」を備えた指導者・教育者を育てることです。
どれほど優れた理論や方法論を学んでも、
その土台となる人としての在り方が整っていなければ、
人の心に本当の影響を与えることはできません。
卒啄塾では、その“土台”を何よりも大切にしています。
日本に禅が伝わったのは、鎌倉時代のことです。
当時、禅は武士たちの間に広まりましたが、
それは心を落ち着かせるための教養としてではありませんでした。
生きるか死ぬかの極限の場面で、
恐れや迷いに呑み込まれず、
一瞬の判断に自分のすべてを懸けるために――
武士たちは、ぶれない自己を確立する必要があったのです。
卒啄塾では、そうした禅の本質に触れるために、
まず「何も考えない、何も思わない」という状態を、
3日間かけて徹底的に体験していただきます。
これは、頭を空っぽにする訓練ではありません。
考えや感情に振り回される前の、
本来の静かな意識に立ち返るための実践です。
言葉や理屈で理解するのではなく、
身体全体で感じ、実感として腑に落とす。
それが、卒啄塾の学びの出発点です。
禅は、坐禅の時間だけに行う特別なものではありません。
行く・住む・坐る・臥す――
日常生活のすべてが修行の場であり、
どんな瞬間にも意識を手放さずに在ることが大切だと考えています。
禅とは、新しい何かを身につけるテクニックではなく、
これまでの人生で無意識に積み重ねてきた
思考や感情の癖を、静かに手放していく実践です。
そのため、形だけをなぞったり、
軽い気持ちで取り組んでしまうと、
禅はすぐに「分かったつもり」になってしまいます。
伝統的な型に固執し、
足の痛みや姿勢ばかりに意識が向いてしまう坐禅や、
自己流で長年続けていても、
要点を外していれば、本質には触れられません。
禅を正しく実践していくと、
次第に自我へのとらわれが薄れ、
誰もが本来、幸せに生きる力を備えた存在である、
という事実に気づいていきます。
卒啄塾は、その気づきを一時的な体験で終わらせるのではなく、
日々の生き方の中で自然に表れてくるものとして、
体現できる人を育てる場でありたいと考えています。

禅=心を落ち着かせるもの、ではありません
「禅」と聞くと、
宗教的なもの、静かに座って心を落ち着かせるもの、
そうしたイメージを持つ方も多いかもしれません。
しかし、卒啄塾でお伝えしている禅は、それとは少し異なります。
本来の禅は、何かにすがる教えではなく、
自分自身と正面から向き合うための、生き方そのものです。
常住坐臥での一瞬一瞬に出現する雑念を切り捨て続けていきます。
逃げ場はなく、言い訳もできない。
うまくいかない現実も、揺れる感情も、すべてを自分で引き受ける。
その厳しさの中でこそ、人は本当の意味で強く、しなやかになっていきます。
卒啄塾では、この本来の禅の姿を、
「武士道禅」という形で、現代の生活に活かせる実践として伝えています。

武士道禅が育てる、人としての在り方
武士道禅は、特別な場所や特別な時間だけで行うものではありません。
仕事、家庭、人間関係など、日常生活のど真ん中で実践されるものです。
感情に振り回されず、
目の前のことに静かに集中し、
どんな場面でも落ち着いて行動できる心を養っていきます。
学びを深めていく中で、
所作が整い、立ち居振る舞いが自然と美しくなっていく方も少なくありません。
女性であれば、芯の通ったやさしさを備えた、凛とした在り方へ。
男性であれば、覚悟と責任を引き受ける、揺るがない在り方へ。
それは無理に作り上げる姿ではなく、
人が本来持っている力が、静かに引き出されていく結果なのです。
なぜ今、人間力が必要なのか
能力やスキルは、時代とともに価値が変わります。
しかし、人としての在り方は、どんな時代でも揺らぐことはありません。
集中力、精神力、平常心、不動心。
これらは仕事の成果だけでなく、人生そのものの質を大きく左右します。
卒啄塾には、
教育に関わる方、志を持って生きたい方、
本気で自己改革を望む方が集まります。
すでに心身ともに健康でありながら、
「さらに自分を高めたい」
「本来の力を目覚めさせたい」
そう感じている方にこそ、向き合っていただきたい学びです。
卒啄塾が大切にしている姿勢
卒啄塾では、マンツーマン指導を基本としています。
3日間、受講者のそばに寄り添いながら、一人ひとりと丁寧に向き合います。
それは、短期間で確かな変化を実感していただくためです。
表面的な理解ではなく、実感として腑に落ちること。
そこに至るまで、決して急がせることはありません。
20年間の指導の中で、途中で挫折した方は一人もいません。
それは厳しさを押し付けてきたからではなく、
その人の歩幅を尊重し、誠実に向き合ってきた結果だと考えています。
自分の人生を、自分の足で歩くために
幸せや安心を、外側に求め続ける生き方は、とても不安定です。
禅を通して見えてくるのは、
「すでに自分の内側に、揺るぎないものがある」という事実です。
卒啄塾は、誰かに導いてもらう場所ではありません。
自分自身の人生に、静かな覚悟をもって向き合うための場です。
もし今、
自分を変えたい
生き方を見つめ直したい
そう感じているのであれば、
ここでの学びが、その一歩になるかもしれません。

3日後、周りが憧れるあなたに変わる
現代人のための「無我」体験
鎌倉時代に伝わった禅と、いま多くの禅寺や道場で行われている禅とは、目的がまったく異なります。
戦乱の世に生きた鎌倉武士たちが命をかけて実践した禅は、「一時の安らぎ」ではなく、「悟り」=「無我」を得るためのものでした。
ただ1時間ほど座って心を落ち着かせる――そんな坐禅であれば、常に死と隣り合わせにあった武士たちが真剣に取り組むはずがありません。
私が35年前に修行を始めた頃、日本で本当に悟りを開いた人は3人ほどだと言われていました。
それは「悟り」そのものを語れる人がほとんどおらず、その方法さえ伝わっていなかったからです。
単に坐禅を続けているだけでは、悟りには至れないのです。
私はこの30年、実践と探究を重ね、鎌倉武士が本気で取り組んだ「悟りを目的とした禅」を受け継ぎ、宗教家ではない立場から「武士道禅(サムライゼン)」と名付けて、本気の方にのみ伝えてきました。
遊び半分で取り組まれては、2500年の伝統ある禅を汚すことになるからです。
「自分は大丈夫だ」と思える方に、本物の禅を体験していただきます。
2005年以来、すでにこんな方々が受講しています
受講動機
・ストレスや不安を断ち切り、“静かな強さ”を身につけたい
・自己成長・自己変革を本気で求めている
・子どもや部下を導く立場で、自分自身の在り方を見直したい
・人間力を高めたい
・これまでの自己啓発や禅、マインドフルネスで満足できなかった
・「本当の自分」「無我の境地」に興味がある
・現代社会の雑音や不安から解放されたい
・日常に静けさや心の余裕を取り戻したい
・自分の使命を知りたい
受講者職業
小・中・高校教師、医療従事者、会社経営者、会社員、保育士、投資家、講演家、塾経営者、
銀行員、作家、理学療法士、士業、看護師、武道家・・・
受講者の声
一部を掲載しています
体験プログラム紹介

おにぎり禅とは?
「食べること」そのものに心を込める、新しい禅体験。
おにぎりを握り、味わうことで「今ここ」に集中する感覚を体感できます。
[おにぎり禅の詳細を見る]

一日体験セミナー
まずは気軽に禅のエッセンスを体験したい方へ。
初心者でも安心して参加できる1日プログラムです。
[一日体験セミナーの詳細を見る]

3日間集中研修
本格的に自分と向き合い、人生を再起動したい方へ。
坐禅・歩行禅・食事禅など、多彩な実践で「無我の境地」を体験します。
[3日間研修の詳細を見る]
「武士道禅3日間研修」受講者のビフォーアフター例
神奈川県公立小学校教師の田中先生と
広島県公立小学校教師の片川先生


鎌倉武士が命懸けで実践した本物の「悟りの道」
武士道禅は、鎌倉時代(1185年~1333年)に武士たちが悟りを求め実践した精神鍛錬の法。
(室町時代に入ると民衆の救済目的が薄れ文芸の分野に浸透していってしまいました)
戦場で命を懸けた彼らが求めたのは、単なる強さではなく、究極の心の静寂と自由でした。
武士道禅(サムライゼン)はこの鎌倉武士が悟りを求めて取り組んだ禅を現代に甦らせました。
この禅は想像を超える力を発揮します。
あなたの心を整え決断力を研ぎ澄まし、圧倒的な集中力を生み出す無我の境地に到ることで、
あなたは「本来の自分」と出会うことになります。

